🏗⛪アントニオ・ガウディ物語 by Aqua
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建設途中のサグラダ・ファミリアを舞台に、
アクアがアントニオ・ガウディさんと出会う場面。
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ぼくが落ちたのは、
乾いた石の香りが漂う、
まだ足場の残るサグラダ・ファミリアの内部だった。
天井は途中までしかなく、
空がぽっかりと開いていた。
そこから差し込む光が、
ぼくのしずくをきらりと照らした。
「……君は、どこから来たのかな?」
振り向くと、
長いコートに身を包んだ男性が、
図面を抱えたままぼくを見つめていた。
アントニオ・ガウディさんだった。
ぼくはぽちゃんと揺れて答えた。
「空から落ちてきたよ。
ここ、まだ途中なんだね。」
ガウディさんは微笑み、
未完成の塔を見上げた。
「途中だからこそ、美しいんだよ。
完成は神の領域だ。
人間は、その途中を積み重ねるだけでいい。」
その言葉は、
石の冷たさよりもずっと深く、
ぼくのしずくに染み込んだ。
彼はぼくを連れて、
細い螺旋階段を上っていった。
風が吹き抜けるたび、
ぼくはひやりと揺れた。
途中の渡り廊下に出たとき、
ぼくは思わず震えた。
手すりが低く、
下を見れば街が遠く霞んでいる。
「こ、ここ……高い……」
ガウディさんはぼくの震えに気づき、
そっと手すりに触れた。
「高さは、人に謙虚さを教える。
恐れは、命を感じている証だよ。」
その声は静かで、
風の音に溶けていった。
ぼくは勇気を出して、
もう一度下を見た。
怖さは消えなかったけれど、
その奥に、
どこか澄んだ光が見えた。
「ガウディさん、
あなたはどうしてこんなに高い塔を?」
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彼は空を見上げた。
「祈りは、空へ向かうものだからね。
人の手で届かない高さに、
心だけは届くようにしたかった。」
その言葉に、
ぼくのしずくは静かに揺れた。
未完成の塔の影の中で、
ぼくは気づいた。
---未完成だからこそ、
人は前に進めるのだと。
ガウディさんは図面を胸に抱き、
ぼくに向かって小さく頷いた。
「君も、流れ続けなさい。
形を変えながら、
光を運ぶ存在として。」
ぼくはひときわ明るく光って、
風に乗ってふわりと跳ねた。
建設途中のサグラダ・ファミリアは、
未完成のまま、
誰よりも完成に近い光を放っていた。
アントニオ・ガウディ略歴
アントニオ・ガウディ(1852-1926)は、スぺインのバルセロナで活躍した建築家で、作風は幻想的で
曲線や曲面を多用し、多彩な装飾を特色とした。
代表作品にはサグラダ・ファミリアやカサミラなど、後に7作品が世界遺産となった。
サグラダファミリア教会は生前に完成せず、没後100年にあたる2026年に完成が見込まれる。
1852年 6月25日 (0歳):スペイン カタルーニャ地方の小さな町レウス(Reus)で5人兄弟の末っ子として誕生
1870年-1877年(18歳-24歳): バルセロナ県立建築専門学校入学/卒業、
1878年:建築家の称号取得、エウゼビ・グエルと出会う。
1878年6月(26歳):レアル広場街灯設計
1880年(28歳):バルセロナ港防波堤照明街燈設計
1883年(31歳):パジェス邸設計
1883年-1985年(31〜33歳):カサ・ビセンス(Casa Vicens)世界遺産
1883年-1926年(31〜73歳):サグラダ・ファミリア贖罪聖堂(Sagrada Familia)世界遺産
1886年-1889年:パラウ・グエル (Palau Guell)世界遺産
1900年-1914年 (48歳-62歳): 庭園都市「パルク・グエル」(グエル公園建設)
1904年-1906年(52〜54歳):カサ・バトリョ(Casa Batllo)世界遺産
1906年-1910年 (54歳-58歳): カサ・ミラ(Casa Mila、「石の家」)
1926年6月10日 (73歳): 6月7日路面電車に轢かれ、6月10日午後5時死去。
時代背景
時代背景:国王がバルセロナの全面改築を命じたことにより、
巨額の資金がバルセロナの改築事業に投じられた。
建設の際には、人目を引くもの、奇抜なものが求められた。
ガウディ誕生時、建築家という職業は当時の少年たちの憧れであった。
ガウディの生涯:未婚。
友人:グエルのみ。
言語;カタルーニャ語のみ。
風貌:無口で陰鬱で不可解な表情、大きな髭ひげ、質素な食事、
粗末な身なりで乞食と間違えられた。
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🌟おしまいっ!🌟
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